エチオピア連邦民主共和国
(Federal Democratic Republic of Ethiopia


国土:面積109.7万ku(日本の約3倍)

人口:9,173万人(2013年/世銀)
首都:アジスアベバ(人口300万人)
元首:ムラトゥ・テショメ・ウィルトゥ大統領
通貨:ブル(1ドル=19.58ブル)2014年6月10日現在

地勢:
エチオピアの国土は北緯3度30分から14度55分にまたがり、ケニア、スーダン、ソマリア、ジブチ、エリトリアと国境を接しています。エチオピアの中央部は広大な高原地となっており、北はレバノンから紅海を経て東アフリカを走り、モザンビークに至る大地溝帯(the Great Rift Valley)によって、高地は東部のハラール・エリア、西南部のアビシニア・エリアに二分されます。エチオピア高地の広がりは、おおよそフランスの国土面積に相当し、4000 m以上の山岳高地は、アフリカ大陸の屋根を形成します。
気候:
低地部では年間を通して暖かく快適な気候、一方、高地部では年中涼しい気候。また、高地部の年間降雨量は、地域によって1,500o〜2,500oに達しますが、西南部は多く、東部は相対的に少ない。

人類発祥の地

 人類の最も古い先祖の化石遺骨として知られているオーストラロピテクス(Australopithecus afarensis) は一般にはLUCYとして知られています。LUCYは1974年、エチオピア北東部のアワッシュ川下流域で発見されました。この化石人骨の年代は350万年以前に遡ります。この化石人骨の発見は、現在の古人類学における知識の限りでは、人類の先祖の年代が従来信じられてきたものよりも、少なくとも100万年ほど遡るものであることを示しています。エチオピアは人類発祥の地として知られているだけでなく、人類の歴史に遡る古代文明と文化遺産の国としても知られています。また、植民地時代に独立を守った最も古い主権独立国の一つでもあります。

コーヒー生誕の地

 エチオピアから世界への贈り物は、人類の先祖だけではありません。エチオピアは、人々を爽快な気分にさせ、世の生活を寛いだものにする飲み物“コーヒー”をもたらしました。コーヒーの由来については多くの伝説がありますが、コーヒーの木は、エチオピアの一地方であるカファ(Kaffa)が原産地であるというのが通説となっています。コーヒーの成育にふさわしい1,300m〜2,100mの標高で、弱酸性を帯びた赤色沖積土壌や黒土(火山灰土壌)に加え、1,500o〜2,500oに達する年間降雨量が、エチオピアのコーヒーをアラビカ種の中で最も良質のコーヒーに仕立てています。

エチオピアからの世界への贈り物

 伝説によれば、カルディという名のアビシニア(エチオピアの旧名)の若いヤギ飼いが、ヤギたちが明るい赤色の木の実を食べると急に興奮して飛んだり跳ねたりするのに気づいて驚き、早速、自分もその実を食べてみると快い刺激を感じました。カルディの興奮状態を眼にした近くの僧院の修道僧が、仲間の道士たちとこの実を試したところ、その晩、きびしい祈祷時間の最中、頭も心も普段より冴えていることに気づきました。そこで彼は修道会の仲間たちに広くこのコーヒーの秘密を伝えたので、エチオピア中の修道士は皆この実を食べて献身の修行中も眠気に惑わされることがなくなったとのことです。

 最初に発見されてから、幾世紀もの間、コーヒーは食べるもので飲むものではありませんでした。実はそのままの姿で食べるか、或いは砕いてギー(澄まされたバター)と混ぜられましたが、この習慣は今なおカファやシダモ地方の奥地に残っています。



国家経済を支えるもの

 エチオピアは農業経済国です。コーヒーは、最も主要な輸出品目で、コーヒー産業に国民の約25%の人々が直接、間接に関わり、その生活を支えています。因みに、USDA(米国農務省)によれば、04/05年度の生産量は400万袋、国内消費量は180万袋、輸出量は230万袋が見込まれています。

 言うまでもなく、コーヒーは、この国のあらゆる階層の人々によって楽しまれている最も人気のある、そして儀礼的な飲み物でもあります。コーヒーをたてるのは、単なる習慣を越え、一種の伝統文化となっています。

 コーヒーはエチオピア全土で成育する可能性を持っていますが、ある特定の地域、即ち、シダモ(Sidamo)、ウォレェガ(Wollega)、ハラール(Harar)、ショア(Shoa)、カファ(Kaffa)、イルバァブール(Illubabor)などの諸地域が、現在輸出用コーヒーを栽培している主な地域です。

[資料協力:エチオピア大使館]
 

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